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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)183号 判決

国籍

中国(台湾省台北市双園区西園路壹段三〇六巷一六号)

住居

東京都三鷹市下連雀二丁目四番二一号

会社役員

郭火盛

一九一四年一月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官樋渡利秋出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金二、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を

一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都武蔵野市吉祥寺北町一丁目一番一九号所在協同組合中央経済合作社等三協同組合に対し金員を貸し付けるかたわら、羅錦郷らが主催する無尽講に加入し、それぞれ利息収入を得ているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右貸付を架空名義で行うなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が一億七、〇八一万八、〇一三円(別紙一修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一四日、東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号所在の所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が一億一、一四五万二、八〇〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一、〇六八万七、四八〇円を控除すると五、八〇四万三、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第八四五号の1)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億二五〇万円(別紙三ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額四、四四五万六、五〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が一億七、六五五万一、八一五円(別紙二修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月六日、前記武蔵野税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が一億一、六八四万四、四七五円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一、二二八万一、二八〇円を控除すると六、〇六二万一、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額九、〇六八万三、一〇〇円(別紙三ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額三、〇〇六万一、九〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書四通

一、証人菊池衛の当公判廷における供述

一、陳台欽、北川須香、松山洋也及び河村通代(二通)の検察官に対する各供述調書

一、河村通代作成の申述書

一、収税官吏作成の貸付金及び受取利息、無尽損益残高(二通)、支払手数料、給付補てん金、雑所得、配当所得、給与収入、給与所得控除、給与所得、不動産収入、不動産経費、減価償却費、除却損、不動産所得並びに雑損控除額(二通)に関する各調査書各一通

一、検察官作成の捜査報告書

一、被告人名義の昭和五四年分の所得税の修正申告書(謄本)及び昭和五三年分の所得税の修正申告書(写)

一、押収してある被告人名義の所得税の確定申告書等三袋(昭和五六年押第八四五号の1、2、5)及び郭梅名義の所得税の確定申告書等二綴(同号の3、4)

(補足説明)

弁護人は、被告人は、かねてより無尽講に加入し、その事務を河村通代に依頼していたところ、同女が昭和五三年において被告人に無断で落札金を横領していたもので、無資力の同女から返済を受けることは不可能であり、これによる被告人の同年における損失額(講開始時から同年一二月までの掛込金合計額に相当)は、(一)一三日会講(一口分)六三三万八、五〇〇円、(二)一五日会講(一口分)一、三八二万円、(三)一七日会講(一口分)六二〇万九、一〇〇円、(四)二七日会講(二口分)八六六万四、一〇〇円、(五)二七日会講(一口分)四三三万二、〇五〇円、合計三、九三六万三、七五〇円に達する。これらは事業所得に関連するものではないが、被告人において継続的に無尽講収入を得るために必要な資金(掛込金、落札金)が横領されたのであるから、実質的には事業所得の場合と同様の処理がなされて然るべきであり、所得税法基本通達七二―一も、雑所得等を生ずる業務用資産等につき横領等による損失が生じた場合に、これを必要経費とすることを認めている。したがって、右の横領による損失額三、九三六万三、七五〇円は、全額必要経費として昭和五三年における被告人の所得額から控除されるべきである旨主張する。

これに対して、検察官は、前記河村による横領被害額を五件七口、合計三、八〇八万九、七五〇円であるとしたうえで、所得税法上、その所得の種類を問わず、現金の横領等により生じた損失が必要経費に算入されないものであることは費用・収益対応の原則上からも極めて自明のことであり、本件横領による右損失の金額は、同法七二条一項に定める損失の金額として雑損控除の対象となるべきものであると主張している。

ところで、所得税法上必要経費とされるものは、原則としてその収入金額を得るため直接に要した費用等をいい(同法三七条一項)、例外的に同法五一条等に該当する場合に必要経費に算入されるものであることは検察官主張のとおりである。そこで、本件の横領による損失額につき検討するに、関係証拠によれば、被告人は、昭和三二年ころから次々と事業を法人化してゆき、同五二、五三年の本件当時は、娯楽遊技場、飲食店などの営業を目的とする栄進興業株式会社等六社の経営にあたっていたが、その一方で、右事業とは別に、同二五年ころから同四〇年ころまでは無尽講による収益を事業資金に利用する目的で、それ以降は専ら子として利息を稼ぐ目的で、華僑間の無尽講に加入していたこと、被告人は、同五〇年ころから無尽講への出席や掛込金の支払などの事務を河村通代に依頼するようになり、以後毎月一回被告人方を訪れる同女から、無尽講に関する金の収支明細報告を受けていたこと、同五三年中において、河村が被告人に無断で落札して横領したことにより被告人が被った損失額(同年一二月までの掛込金の積立累計額に相当)は、(一)一三日会講(一口分)六三三万八、五〇〇円、(二)一五日会講(二口分)一、二五四万六、〇〇〇円、(三)一七日会講(一口分)六二〇万九、一〇〇円、(四)二七日会講(二口分)八六六万四、一〇〇円、(五)二七日会講(一口分)四三三万二、〇五〇円の合計三、八〇八万九、七五〇円であることが認められる。

これによれば、本件の横領による損失額は、無尽講による利息を得るため直接に要した費用ではないから、所得税法三七条一項の必要経費にならないことは明らかである。また、被告人は、本件当時継続して無尽講に加入していたものの、これを事業として行っていたのではなく、これによる利息収入は雑所得になるといわなければならないから、同法五一条一ないし三項の適用もない。次に、同条四項は、雑所得等を生ずべき業務の用に供される等の資産の損失につき規定するが、同法七二条一項(雑損控除)に規定する場合を除外している。したがって、本件のごとき横領による損失額は、同法五一条四項から除外され、まさに同法七二条一項の雑損控除の対象になることは法文上明らかである。

なお、弁護人指摘のごとく、所得税法基本通達七二―一は、事業以外の業務用資産の横領による損失につき、この額のすべてを雑所得等の金額の計算上必要経費に算入しているときは、これを認める旨規定しているが、これは、明らかに前示した所得税法の各規定に反しているものといわなければならない。もっとも、右通達の内容が納税者にとって有利なものであり、しかも徴税の実務上そのように運用されている以上、それが通達に過ぎないからといって、刑事裁判において、直ちにこれを看過することはできない。しかし、現に国税庁直税部所得税課の課長補佐である証人菊池衛の供述によれば、徴税の実務では、右通達は、納税義務者が確定申告の際に、横領等により業務用資産に生じた損失の金額を必要経費として計上した場合に限り、これを必要経費とし税務署長において、あえて、この計上を否認しないとの趣旨で運用されていることが認められる。ところが、関係証拠によれば、本件では、昭和五二ないし五四年分の各確定申告の際、雑所得の基になる無尽講より生じた利息収入を全く申告していないのはもとより、本件の横領による損失額についても、横領が発覚した同五四年三月末ころ及び本件脱税に対する査察が開始された同五五年五月二〇日ころより後である同年一二月二二日に至り、初めて昭和五四年分の修正申告として雑損控除の計上が雑所得とともになされていることが認められる(なお、同五五年一二月二二日に同五三年分の修正申告も行われているが、これには雑所得の計上はあるものの雑損控除の計上はない)。

こうした状況のもとでは、本件につき前記基本通達を適用する余地は、もともとないといわざるを得ない。

この点に関する検察官の処理は相当であって、弁護人の右主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金二、五〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和一〇年ころ台湾から大阪に来てトランペッターとなり、更に楽団員として働いていたが、同二三年ころ都下田無市内で中華そば店を開業し、以後パチンコ店などの遊技場や喫茶店、キャバレーなどの飲食店等に手を拡げながら事業を拡大するとともに、同三二年ころから順次これを会社組織に改めて六社とし、その経営に当たっているほか、同二五年ころから、事業資金を得るため台湾系華僑間の無尽講の会頭(親)になってこれを営み、同四〇年ころからは多数の講に子として加入して利息を稼ぎ、更には同五〇年ころから台湾系華僑の互助組織である三つの協同組合に常時約五億円の貸付を行うなどしていたものである。ところで、本件は、その被告人において、右協同組合に対する貸付を架空名義で行うなどしたうえ、貸付並びに無尽講から生ずる利息収入などを申告せずに、二年間で合計七、四〇〇万円余りの所得税を免れたという事案である。被告人は、当公判廷において、無尽講への加入や協同組合に対する貸付は、華僑仲間とのつき合い上やむを得なかった旨強調し、利息収入を申告しなかったのは、いずれも焦げつきなどによる倒産の危険性が高いためであると主張している。しかしながら、たとえ華僑仲間とのつき合いがあったとしても、それが貸付を仮名で行うことの理由にならないのはもちろん、貸付や無尽講から生ずる利息収入を公表しないで脱税したことを正当化するものでないことは明らかである。そして、関係証拠によれば、右貸付及び無尽講は、被告人が主張するほど危険性が高いものではなく、むしろ被告人は、無尽講の私的な性格から申告しなければ表に出にくいことや貸付が仮名で行われていたことなどにより、これによる利息収入が捕捉されにくいこともあって、当初より無尽講及び貸付による利息収入につき申告・納税する意思は全くなく、全額これを脱税するつもりであったことが認められる。このようにして、被告人は、捜査段階で供述するように、多数の不動産を所有(昭和五二、五三年とも七、〇〇〇万円を超える不動産所得の申告がある。)するほか三〇億円もの資産を有するにもかかわらず、更に財産を殖すために本件脱税を行ったものであって、犯行の動機には特に斟酌すべき余地はない。しかも、被告人は、過去に脱税事件の裁判を受けていることもあって脱税が発覚することを恐れ、貸付金の証書を別荘のピアノの中に隠すなどしており、また、申告手続の際、担当税理士から給与等の公表分以外の所得がないかとの確認を受けながら、これを無視していたものであって、被告人の脱税の意思は、かなり強固であったといえる。また、ほ脱所得額は、昭和五三年分の横領による雑損控除等の各種の控除額を差し引いても九、九〇〇万円余りと高額であり、ほ脱税額も多額である。加えて、被告人は、農地法違反による前科(懲役六月、四年間執行猶予)を別にしても、同四四年五月には法人税法違反、所得税法違反等により懲役一年及び罰金一、二〇〇万円(懲役刑につき三年間執行猶予)の判決を受け、反省の機会を与えられながら、それ以後も、給与、配当、家賃収入など表に出さざるを得ないような所得についてだけ申告し、同二五年ころから引続き行っていた無尽講については、摘発のなかったことを奇貨として、また同五〇年ころから始めた協同組合に対する貸付についても、いずれも引続き利息収入を全く公表・申告していなかったものである。こうした被告人の態度は、遵法精神、納税意識を著しく欠いたものであって、申告納税制度の精神を没却するものであり、きびしい社会的非難に値するといわなければならない。

以上の諸事情にかんがみれば、被告人の刑責は重く、脱税額は同種事案に比べて必ずしも巨額とまではいえず、本件の申告率も、源泉徴収税をも考慮すると約六五パーセントと比較的高率であること、無尽講における横領については、その発覚が昭和五四年三月末ころであって本件脱税の動機と直接関連がないとはいえ、前記雑損控除分のほか、なお約一、八〇〇万円の被害があること、被告人は、本件脱税分を含めて五年分の修正申告を行い、既にその本税及びこれに連動する諸税をすべて納付していること、その他被告人の反省の程度、年齢、健康状態などの有利な事情を最大限に考慮しても、本件はなお主文程度の実刑を免れないものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保眞人 裁判官 川口政明)

別紙一

修正損益計算書

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

郭火盛

〈省略〉

別紙二

修正損益計算書

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

郭火盛

〈省略〉

別紙三

ほ脱税額計算書

昭和52・53年分

郭火盛

〈省略〉

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